近年、賃貸住宅で高齢者の孤独死が社会問題になっています。
孤独死は高齢者に限った話ではなく、若い方でも突然病死してしまうことだってありますし、芸能人が自宅で孤独死していたなんてニュースも時折目にします。
人は遅かれ早かれいつか亡くなってしまうもので、病院で亡くなるのか自宅で亡くなるのかの差ではありますが、一人暮らしの人が自宅で亡くなってしまうと誰にも発見されずに時間が経過し、とても悲惨な状態で発見されるケースがあります。
私は以前、孤独死された方の遺品整理の仕事を手伝ったことがあります。
孤独死に直面し、色々と思うところもありましたし、他人事ではないと考えさせられました。
今回はその時の体験をご紹介します。
遺品整理だと知らなかった
場所は都内某所の駅前大型マンションでした。
最初は遺品整理と知らされていなかったので、普通の引っ越しだと思っていました。
社長と従業員2名と私の4人での作業でした。
室内に社長と従業員の男性が入り、衣類や日用品などをビニール袋に詰めて玄関前の通路に運び出します。
私ともう一人の男性は部屋から運び出される荷物をエレベーター前まで運ぶ作業をしていました。
ここで少し違和感を感じました。
家財道具を全く梱包していませんし、衣類や日用品もゴミのようにただビニール袋に押し込んでいるだけです。
それに家主らしき人もいません。
不思議に思い一緒に作業していた男性に尋ねました。
やっぱり。
引っ越しにしては何か変だなと思いました。
死臭(腐敗臭)
孤独死の場合、死後時間が経過して遺体の腐敗が進むと強烈な死臭(腐敗臭)を放ちます。
その臭いに近隣の人が気づいて発見されるケースが多いようです。
遺体の腐敗は気温や場所などが大きく関係し、温かい条件下にあるとものすごく進行が早くなります。
夏は特に気温が高いので死後2~3日経過しただけでもかなり腐敗が進んでいることがあります。
逆に冬など寒い時期だと進行が遅く、死後1週間~2週間経過して発見されることも少なくないようですが、冬でも温かい場所(お風呂、コタツ、布団の中)などで亡くなると腐敗のスピードが早くなります。
それまで私はあまり玄関先に近づいていなかったので気づいていませんでしたが、改めて玄関先へ行くとはっきりと分かりました。
生ごみが腐ったような悪臭に甘い匂いと酸っぱい匂いが混ざったような独特の臭い。
玄関を開けなくても部屋の中で人が亡くなっていると直感的に予感させる臭いです。
部屋の中はもっと強烈でした。
室内で作業している2人が手早く乱雑に作業していたのは、この中で長時間作業できないからだと分かりました。
部屋の中は生活感があり、故人が亡くなる直前まで普通に生活していたことが見て取れました。
遺品が故人を語る
部屋の中の家財道具や衣類などから、故人は高齢の女性だったことが分かりました。
都内駅前の大型マンションの高層階に住んでいて、派手な生活ではないにしろ比較的裕福な方だったのではないでしょうか。
足が悪かったのか、玄関には花柄のおしゃれな杖がありました。
部屋の中は生活感があるものの綺麗に整理整頓されていて、几帳面な人柄だったことが見て取れます。
室内の様子や家財道具などから、故人がどんな人でどんな生活をしていたのか、素人の私でさえ感じ取ることができました。
室内で作業している2人は手早くゴミ袋に化粧道具や洋服などを詰めていきます。
この捨てられる洋服の中にも故人のお気に入りだったものがあったでしょう。
アルバムやアクセサリーなど、故人が大切にしていたであろうものも全てゴミとして捨ててしまうのです。
それを見ていると、悲しさというより「虚しさ」が込み上げてきました。
生前どんなに金銭的・物理的に裕福でも、あの世には何も持っていけないんだなと気付かされました。
遺品を譲り受ける
例えば中古で安く売っていた商品が、孤独死された方の遺品だったらどう思いますか?
多くの方が「気持ち悪くて買いたくない」と思うのではないでしょうか。
今までの私も中古品に抵抗はありませんでしたが、それが孤独死した人の遺品だと知ってしまったらさすがに抵抗感を感じていたでしょう。
しかし、今回遺品整理に立ち合い、故人が生前大切にしていたものであっても、故人の意志など関係なく全てゴミとして捨ててしまうのです。
その様を見ていて、故人が大切にしていたものは例え他人であっても誰かが譲り受けて使ってあげたほうが故人も喜ぶのではないかと思ったのです。
身寄りがあれば「形見分け」ができますが、身寄りのない方の場合それもできません。
社長が「欲しいものがあったら持って帰っていいよ。どうせ全部捨てるから。」と言うので、私は32型テレビと入浴剤を譲り受けました。
ヒートショック
故人は入浴中に亡くなっていたらしく、管理人によって発見されたそうです。
高齢者が入浴中に亡くなる事例は多いようです。
原因は「ヒートショック」です。
ヒートショックとは、急激な温度変化によって血圧の乱高下や脈拍の急変動が起こり、それが起因となって人体に悪影響を及ぼすことを言います。
高齢者や高血圧の人にこのような血圧の急変動が起こると血管に大きな負担がかかり、脳内出血や脳梗塞、心筋梗塞などを引き起こす原因になります。
特に冬は脱衣場と浴槽内の温度差が大きいので、ヒートショックが原因で亡くなる人が急増するようです。
対人関係が発見を早めた
故人はよく外出する方だったようで、管理人が2~3日姿を見かけないことを不審に思い部屋を訪ねたそうです。
高齢女性が一人で暮らしていたので管理人も気を配っていたのでしょう。
冬とは言え入浴中に亡くなっていたので遺体の腐敗が早く、すでに部屋の外まで臭っていたようです。
管理人とはいえ勝手に鍵を開けて部屋には入れませんし、部屋からの死臭ですでに亡くなっていることが容易に想像できたので、警察の立ち合いの元部屋に入り発見に至ったようです。
今回亡くなられた方は管理人の常駐しているマンションに住んでいて、管理人の機転でまだ発見が早かった方ですが、それでもお風呂は臭いが取れないので全面総取り換えになると言っていました。
管理人のいない賃貸物件の方が圧倒的に多いですし、あまり他人と接する機会のない人が自宅で亡くなった場合は、遺体の腐敗が相当進んだ状態で発見されるケースも少なくないようです。
発見が遅れたら
孤独死の遺体発見が遅れると事後の処理が大変になります。
あまり想像もしたくないことですが、人間が腐敗すると体がドロドロに溶けてどす黒い腐敗液が漏れ出します。
柿とかバナナとかの果物が腐っていくのをイメージすると分かりやすいと思います。
部屋は腐敗臭が立ち込め、ウジが湧いて大量のハエが飛び回り、ゴキブリなどの虫も大量に発生します。
病死や自然死であっても病院以外で人が亡くなった場合は「変死」扱いになるため、警察で検死や事件性の有無を確認しなければいけません。
そのため遺体は警察が搬出することになりますが、部屋の処理は「特殊清掃業者」などに依頼する必要があります。
床に流れ出た体液でシミが残ってしまった場合は床の張替えなど、大規模なリフォームが必要になりますし、害虫駆除や消臭・除菌対策など問題は山積みです。
これらの費用は遺族や保証人に請求されます。
家財道具の撤去など遺品整理も遺族の負担で行います。
しかし、遺族も保証人もいない場合、大家さんや管理会社がこの費用を負担することになります。
今回の遺品整理は管理会社からの依頼だったようですので、故人は身寄りのない方だった可能性が高いです。
孤独死は他人事ではない
近年、孤独死が社会問題になりつつありますが、決して「高齢者だけの問題」ではありません。
現在日本では年間約3万人もの人が孤独死の状態で発見されています。
高齢化社会に伴いこの数字は年々増加傾向にありますが、孤独死は誰にでも起こりうる問題です。
一人暮らしの若い方が体調を崩し寝込んだまま亡くなってしまうことも稀にありますし、既婚者や子供がいる方でも将来配偶者との離婚、別居、死別に加え、子供も独立して一人暮らしになってしまう可能性はあります。
私達は心のどこかで「病院のベッドの上で家族に看取られながら息を引き取る自分」をイメージしていないでしょうか?
しかし、そのような最期を迎えられる保証はどこにもありません。
孤独死増加の背景
孤独死を行政では「孤立死」と表現したりもしますが、誰にも看取られることなく自宅で一人亡くなることを指すので意味は同じです。
孤独死増加の背景としては、核家族化、雇用制度の変化、生活の困窮、人間関係の希薄、社会的孤立など様々な要因が考えられます。
核家族化
ひと昔前は祖父母から孫までの三世代が同居する家庭が多かったですが、実家を出て都市部で働き、そこで家庭を持つ若者が多いことから、親子二世帯の核家族化が進んでいます。
また結婚しない人も増加傾向にあり、一人暮らし世帯が増えていることも要因の一つです。
こうした背景から高齢者の一人暮らしも増加傾向にあり、孤独死の増加に繋がっているのです。
雇用制度の変化
昔は正社員といえば終身雇用が当たり前の時代でしたが、現在は非正規雇用や派遣社員など様々な雇用形態があります。
正社員として就職しても一度退職してしまえば、再就職は難しく派遣社員などの非正規労働者として食い繋ぐ人も珍しくありません。
正社員であれば無断欠勤すれば会社から連絡が入り、連絡が取れなければ会社も「何かあったのでは?」と不審に思い安否の確認をするでしょう。
しかし、派遣などの非正規労働者の場合、突然音信不通になって辞めていく人も多いので、数日間無断欠勤しても「バックレたんだろう」ぐらいにしか思われないのが現状です。
生活の困窮
派遣などの非正規労働者の場合、低賃金な上に定期的に仕事に入れないなどの理由で生活が困窮しがちです。
そのような経済状況での一人暮らしは家賃の負担も大きく、食費を削るなど肉体的にも精神的にも不健康になりがちです。
今のご時世ですら生活困窮者が自宅で餓死していたなんてニュースを目にすることがあります。
また高齢者の場合も十分な年金が支給されず生活が困窮する「高齢者の貧困」が社会問題になっています。
今や老人ホームなどの介護施設は富裕層だけが入れる時代です。
施設の種類やサービスにもよりますが、入居の際には数百万円の初期費用が必要な上、月々の費用は平均で15万円ほどします。
年金受給額が少ない人は老人ホームに入りたくても入れず、自宅で細々と生きていくしかないのです。
人間関係の希薄
核家族化が進み、昔ほど親戚付き合いや近所付き合いをしなくなったことも要因の一つです。
単身者向けの賃貸住宅では、隣にどんな人が住んでいるのかも知らないというケースも多いです。
また、ある程度経済的に豊かでないと趣味を持つことも難しく、友人を作ったり他人とコミュニケーションを取る機会が持てず孤立していく人が多いのです。
社会的孤立
上記に列挙した要因の終着点が社会的孤立です。
家族と離れ、仕事を失い、生活が困窮し、人間関係も無くなり、社会的に孤立してしまう人が孤独死を迎える傾向が高いのです。
総じて社会的、経済的、肉体的、精神的な貧困が孤独死に結びついているように感じます。
まさにこれが現代社会の闇だと私は思います。
孤独死について考える
今回孤独死された方の遺品整理に立ち合い、私自身も色々と考えさせられるものがありました。
私の両親はまだ健在ですが、実家で夫婦二人暮らしています。
時々様子を見に行く姉の話から、両親にも着実に老いが迫っていることを感じさせられます。
私は故郷を離れて生活しており、両親のどちらかが先に亡くなったら間違いなく残った方を孤独死させてしまいます。
姉ともよく話はしますが、近い将来親を孤独死させないための対策を考えなければいけません。
また、一人暮らしの方は年齢に関係なく、自分が孤独死しても早期発見してもらえる対策を日頃から考えておく必要があるのではないでしょうか。
近年ではご自身が亡くなった時のために前もって準備をしておく「終活」や「生前整理」という言葉をよく耳にするようになりました。
貯金や保険など、資産の所在を明確にして遺族に託しておいたり、家の不用品を処分し身軽になっておくなどの活動を指します。
人が亡くなると葬儀代や遺品整理などすぐに高額なお金が必要になりますし、相続の関係で様々な手続きが必要になります。
この時、どこに何があるのかが分からないと遺族が思わぬトラブルに巻き込まれてしまうこともあります。
遺族の負担を少しでも軽減するために「終活」や「生前整理」は非常に有効であることは間違いないと思います。